北海道庁爆破・再審請求裁判(大森勝久)


検察官意見書への批判(2007年1月18日)

 検察官意見書への批判(目次)

           検察官意見書への批判

 
平成14年(た)第2号再審請求事件
 
平成19年 1月18日

請求人  大森 勝久               

札幌地方裁判所刑事第1部  御中


意  見  書 目 次   
(「目次」の頁数は裁判所宛文書のものであって、本文書の頁数ではありません。  大森)

 平成18年11月30日付検察官意見書への批判

 第1.山平確定審証言と当審証言はことごとく相反している  ・・・ 5 頁

  1.  はじめに                      ・・・ 5 頁

  2.  批判                        ・・・ 6 頁

 (1)  鑑定を依頼した者について(3頁)への批判      ・・・ 6 頁

 (2)  爆弾材料に関する認識について(6頁)への批判    ・・・ 6 頁

 (3)  8日に行った検査内容について(9頁、29頁)への批判・・・ 6 頁

 (4)  付着物採取の範囲と時間について(11頁)への批判  ・・・ 8 頁

 (5)  ビニールシートを切り取った者について(14頁)への批判・・ 9 頁

 (6)  水溶液のつくり方について(15頁)への批判    ・・・10 頁

 (7)  溶液検査の実施(濃縮器具・濃縮時間と量)について(17頁)への批判 ・・・11 頁

 (8)  塩素酸イオン検査におけるろ過の有無について(19頁)への批判・・13頁

 (9)  8日の中間報告について(25頁)への批判      ・・・14 頁

 (10) 翌(9)日以降の鑑定作業について(38頁)への批判 ・・・16 頁

 (11) まとめ                       ・・・16 頁
  

 第2.山平氏自身が捜査段階から一貫して山平鑑定の不存在を主張・・17 頁

  1.  検察官が反論することを逃げた私の主張        ・・・17 頁

 (1)  山平証言の濃縮スピードは鑑定の不存在を示すもの   ・・・17 頁

 (2)  指紋検出(9日)で山平鑑定の不存在は明らか     ・・・17 頁

 (3)  写真撮影報告書で山平鑑定の不存在は明らか     ・・・18 頁

 (4)  鑑定資料番号がなければ鑑定を実施できない      ・・・18 頁

 (5)  木炭末を発見したとの嘘証言で山平鑑定の不存在を主張 ・・・20 頁

 (6)  10mlの濃縮なら1時間から1時間半との山平証言について  ・・・21 頁

 (7)  結果が出ても明日また再確認のために炎色検査をするとの証言について・・・21 頁
                              
 (8)  微量のNaClと微量のKClO3の混和物でも同じ反応になるとの 


山平証言について・・・23 頁

 (9)  道庁事件の捜査(鑑定)に全く関与していなかった山平氏なのに・・・・25頁
                                
 (10) 山平氏は8日は日直のために出ていただけ       ・・・25 頁

  2.  山平鑑定書、原通信用紙について           ・・・25 頁

 (1)  山平鑑定書は山平鑑定不存在の証拠である       ・・・26 頁

 (2)  原通信用紙は山平鑑定不存在の証拠である       ・・・31 頁

  3.  検察官が2審8回公判で山平氏の反対尋問をしなかった理由・・33 頁

  4.  高山捜査報告書について               ・・・36 頁

 (1)  「高山は分析化学の専門的知見を有していない」は詭弁 ・・・36 頁

 (2)  軍手の付着物に関する検察官の反論を批判する     ・・・37 頁

 (3)  高山報告書は除草剤不存在の証拠である        ・・・38 頁

 第3.再審請求審における山平新証言           ・・・39 頁
                                     
  1.  山平氏にデッチ上げの意志があれば竹之内鑑定のクリアは容易である。・・・40 頁                                     

  2.  山平氏が新通信用紙を自分で書いたと見え見えの嘘をついた理由・41頁  

  3.  新鑑定方法について                ・・・42 頁                                   

  4.  山平氏の証言態度が動揺していない理由       ・・・43 頁

 第4.再審理由の存在                  ・・・44 頁

第1, 山平確定審証言と当審証言はことごとく相反している

(この章の目次)

  1.  はじめに                      

  2.  批判                        

 (1)  鑑定を依頼した者について(3頁)への批判      

 (2)  爆弾材料に関する認識について(6頁)への批判    

 (3)  8日に行った検査内容について(9頁、29頁)への批判

 (4)  付着物採取の範囲と時間について(11頁)への批判 

 (5)  ビニールシートを切り取った者について(14頁)への批判

 (6)  水溶液のつくり方について(15頁)への批判  

 (7)  溶液検査の実施(濃縮器具・濃縮時間と量)について(17頁)への批判 

 (8)  塩素酸イオン検査におけるろ過の有無について(19頁)への批判

 (9)  8日の中間報告について(25頁)への批判  

 (10) 翌(9)日以降の鑑定作業について(38頁)への批判 

 (11) まとめ                       



平成18年11月30日付検察官意見書への批判
 
第1 山平確定審証言と当審証言はことごとく相反している

  1. はじめに

  検察官は11月30日付意見書で、「再審請求審における山平証言は確定審における証言を何ら変更するものではないこと、したがって、その証言内容の信用性は高く、山平鑑定の存在を毫も疑わしめるものではない」(2頁)と書いている。当審における山平証言は確定審証言とことごとく相反するものであることは、弁護人補充書(八)および(九)で明らかである。

  検察官意見書を一読して、その歪曲のオンパレードに驚いてしまった。ありのままに相反していることを認めれば、当審の山平証言が「新規性」と「明白性」を持ってしまうから、それを回避するために、歪曲を承知の上で「何ら変更するものではない」と強弁したものである。「ためにする」主張である。恥ずかしくないのであろうか。

  刑訴法1条は検察官をも支配する。山平鑑定が不存在だとしたら、潔くそれを認めるのが本来の姿ではないのか。検察官は始めから刑訴法1条を無視している。

  検察官の山平確定審証言の歪曲解釈を、逐一とりあげ批判していくのは時間ばかりかかってしまうのでしない。補充書(八)(九)で、検察官の歪曲はすぐに判るからである。一言しておいた方がよいと思うものについてのみ、批判を以下に書いておくことにする。

  
  2. 批判
  
 (1)「鑑定を依頼した者について」(3頁)への批判

  検察官は、8回公判662丁の裁判官の質問の「上司の指示」(意見書4頁)の「上司」の言葉をとらえて、犯罪科学研究所の上司(すなわち本実)にすり替えている。裁判官の「上司」という表現は厳密には適切なものではないものの、それがその直前の質問に対する山平氏の答えにある、「警備の方からの指示」を指して言っていることは余りにも明白である。検察官は承知の上で歪曲しているわけである。

  
 (2)「爆弾原料に関する認識について」(6頁)への批判

  検察官は7頁で、山平は本鑑定が行われた8月8日当時、爆弾原料を知っていたと述べる。しかし山平氏は23回で、「8月のこの鑑定するときに北大のほうの分析のほうの研究論文を一生懸命やってたもんですから、こういうことについてあんまり知らなかったということですね。塩素酸ナトリウムだというような話しは聞いたかもしれませんけれども、私、そういうことに対しての知識はほとんどなかったんです。そういう事件に関して。」(45頁)と証言している。検察官はこの山平証言を知りながら(私は10月30日付意見書40頁でこの部分を引用した)、意図的に無視して、山平証言を歪曲しているのである。
  
 (3)「8月に実施した鑑定の範囲について」(9頁)及び「8日に行った検査の内容について」(29頁)への批判

  山平氏が1審、2審、当審で全く異なった証言をしていることは明瞭である。検察官は「このように、この通信用紙(発)を確認する前の第2審8回公判までは記憶があいまいであった事項につき通信用紙(発)をもとに記憶を喚起してより具体的な証言をするに至った経緯になんらの不自然さもない」(31頁)と言う。だが、通信用紙(発)が真正なものであれば、山平氏は当然にもそれを事前に参照して54回、8回に臨むのであるから、54回、8回、23回で同じ証言内容にならなくてはならない。

  何よりも1審、2審では、8月9日以降も検査をしたと証言していたのに、当審では山平氏は8月8日で自身の全ての検査を終えたと証言し、確定審証言を明確に否定した。

  山平氏の54回証言は、8月8日は、ビニールシートとカーテンの2点だけ、しかも塩素酸イオンの有無の検査のみを実施したということである。

  検察官は、54回10086丁(64頁)の「中間報告は塩素酸イオンの反応ですね、で終わりました」の証言は、中間報告の内容であってどのような検査を実施したかに言及するものではない、と歪曲している(意見書30頁)。だが、この答えをその問い(54回63頁)と併せて読めば、山平氏が他のイオンの検査はしていないこと、塩素酸イオンの検査のみをして中間報告をしたと証言していることが明らかである。

  54回山平証言は、一番付着物が多いと思われるカーテン、ビニールシートを最初にやった。見た目であまり付着物がないものはあと回しにした(62.63頁)。何でもいいから出れば、すぐ教えてくれと言われていたので、一部分やって中間報告した(62頁)。合計12日間鑑定にかかっている(140頁)。これ専門で一本でやった。結構長い時間かけてやったと思う。数時間の残業もしたことを考えれば、比較的短い時間でできたと思う(130.131頁)。軍手は本実がほとんど全部をやり、あとのものは私が全部やった(6頁)、というものである。

  これらの証言から合理的に言えることは、山平氏が8月8日に手がけた資料はビニールシートとカーテンの2点だけであるというのが54回証言の趣旨であるということである。

  そして中間報告した時間は、大体9時頃から検査をやったと思う、昼ころだったかもしれない(61頁)との証言から考えて、8月8日の夕方ということになる。2時や3時頃の中間報告であれば、昼ころから検査を始めたかもしれないとの証言はでてこないからだ。明示的には言われてないが、54回山平証言は中間報告は夕方だという趣旨で言われていたと考えるのが合理的である。

  これらの54回山平証言で、電話通信用紙(発)が存在していなかったことは証明されている。

 (4)「付着物採取に要した時間について」(11頁)への批判

  54回68頁の弁護人と山平氏の答えを読めば、ビニールシートとカーテンの表、裏、全面を脱脂綿でていねいにふいて付着物を採取したと証言していることは明々白々である。このとおりの質問がなされているから他の解釈はありえない。なお補充書(九)の8頁の一番下の10065丁は誤記であり、10068丁(68頁)が正しいので訂正しておきたい。

  ところが検察官は、第1次的にはたたいて落とし、例外的にこびりついているものについては脱脂綿でふき取る旨を証言したものであるとし、だから全面を脱脂綿でくまなくぬぐったということではない(12.13頁)と歪曲した。

  山平氏は54回65頁でも、ビニールシートの切り取られた以外の部分も一応ふき取っているからきれいになっていることを証言している。

  山平氏はまた8回130.131頁で、「確率というのはわかりませんけれども、水でふき取ったやつのほうが多いと思います。結局、叩いて落ちたものはそれほど、いろんな綿ごみなんか沢山ありますけれども、水で丹念に脱脂綿でふき取ったもののほうが付着物は取れるんでないかということで、私ども考えます。」と証言し、脱脂綿で全面くまなくふき取る作業こそがメインであることを明白にしている。だからこそ付着物を採取するのにビニールシートとカーテンはそれぞれ1時間も2時間もかかると山平氏は証言したのだ。

  山平氏が当審証言において、確定審での証言を根底から覆したことは明瞭である。

  なお検察官は、現実的に考えてもこびりついている試料が得られれば足りるのであって、1時間も2時間もふき続ける必要があるとは常識的に考えにくく、そのような趣旨の証言であると解するのは無理があると述べている(14頁)。これは問題のすり替えである。確定審で山平氏がどのように証言していたのかを明確にすること、そしてその証言と当審の証言がそごしていないかどうかが問われていることである。

  私たちは山平氏は実際にはビニールシートとカーテンの検査をしていないから、確定審証言も当審証言も、表面的な「実施した」との証言は全て虚偽だと主張している。その上で、当審証言は確定審証言をことごとく覆した新証言であり、これにより山平鑑定の不存在はより明確になったと主張しているのである。

 (5)「ビニールシートとカーテンを切り取った者について」(14頁)への批判

  検察官は54回の山平証言は本実によってビニールシートとカーテンが切り取られた状況を説明していると解するのが自然なので、当審証言と何らそごする内容ではないと歪曲した(15頁)。補充書(九)の9頁の要約引用で、54回の山平証言は、ビニールシートとカーテンを切り取った主体が山平氏である旨の証言であることは十分明白である。さらにつけ加えておきたい。山平氏は54回127頁で、切り取ったものは割と自由に水をひたしてやれるので、水にひたし、いろいろピンセットで突っついたりして、しぼり出すようにして付着物を抽出した旨証言している。これを本実の行為の説明とは検察官も強弁できない。だから無視したのであった。この部分は私の意見書(10月30日付)の13頁に引用してある。検察官は私の意見書は一切無視したが、うまく反論できない時に用いる常套手段である。

  更につけ加えよう。山平氏は8回36〜37頁で、ビニールシートを切り取って集めた付着物と切り取る前に集めた付着物を一緒にして検査した旨証言している。この証言による検査の主体が山平氏であることは明白である。

 (6)「水溶液のつくり方について」(15頁)への批判

  検察官は、山平は確定審において、脱脂綿で採取した付着物を水にほぐしだす具体的な手順・手法については、詳細に問われることもなかったため、何ら具体的な証言はしていないと嘘を述べる(16頁)。

   しかし54回公判で検察官は、「ビニールシートとカーテンから塩素酸イオンが検出されたと言われるわけですが、具体的にはどのような手順、どのような方法でこの塩素酸イオンを検出したのか、ちょっとわかりやすく順を追って説明していただけませんか。まず口で言って、肝心なところは書くようにでもして。」(22頁)と、山平氏に具体的な手順・方法を尋ねているのである。

  そして山平氏の答えは、補充書(七)の(2)の@(25頁から26頁前半)にまとめられているように具体的である。ぬぐった脱脂綿をビーカーに入れて、水を加えて、脱脂綿に着いた付着物を全部水の中にほぐし出し、それをろ過する。この作業を何回もやるのでビーカー一杯ぐらいの水溶液になる。山平氏はこのように具体的に54回で証言している(23〜24頁)。

  当審における山平証言が、この手法を完全に覆したのは明らかである。「手法」が全く別のものになってしまったのであるから、山平氏が実際に鑑定を行っていないことは証明されている。山平氏はこれを狙って、ことごとく相反する「新鑑定手法」を当審で証言したわけである。

  一言しておきたいことがある。私は、弁護人の補充書(八)(九)で当審の山平証言が確定審の証言をことごとく覆していることは明らかであると述べた。弁護人は補充書(九)の第1の3、4、5(4〜5頁)や第3の(一)の1、2、3、4(26〜27頁)等で、山平は竹之内鑑定で追いつめられて、鑑定時間の問題をクリアするために当審で確定審の証言を180度転換したと分析していた。しかし私の分析は別個である。捜査段階から「山平鑑定の不存在」を間接的に明らかにしょうと努力・工夫してきたのが山平氏である。だから竹之内鑑定は山平氏にとっては歓迎すべきものであった。山平氏が当審で、確定審証言を180転換する「新鑑定手法」を証言したのは、竹之内鑑定をクリアするためではなく、それをすることで「山平鑑定の不存在」を間接的に証明できるからである(私の11月30日付の短い意見書)。

 (7)「溶液検査の実施方法(濃縮器具・濃縮時間と量)について」(17頁)への批判

  検察官は苦しまぎれの反論を試みているが、弁護人の補充書(七)の第4の2(24〜32頁)で、山平氏が確定審においては、付着物を採取した水溶液は全体で200ml位程度になった、それを10ml位に濃縮したと証言していたことは明白である。200ml用ビーカーは一番上が200mlではなく、8分目くらいの所が200mlになっている(補充書(七)32頁)。

  警察が平成14年11月29日に実施した「濃縮予備実験」(検察官平成15年12月19日付意見書「添付資料8」)の8つのケースの水溶液量は順に、175ml、150ml、120ml、60ml、90ml、60ml、175ml、200mlである。

  この実験は、山平氏の説明を聞いた上で検察官が警察に依頼してなされたものであろうが、また実験の前に山平氏は警察に呼ばれていろいろ聞かれているが(当審127〜130頁)、当審で証言された20mlといったレベルのケースは全くない。検察と警察は、より少なくしたいがために150、120、90、60mlもやっているが、基本的に200mlのビーカーに大体一杯位との山平証言を受けて、実験がなされている。

  山平氏は当審において2回検察庁に呼ばれていることを証言した。1回目の時期は明示されていないが、この警察の「予備実験」を実施するに当って検察庁に呼ばれたと考えるのが自然で合理的である(当審90〜92頁)。水溶液量に関する検察官の認識もこのようなものであり、今回の意見書(平成18年11月30日)と明確に対立している。

  軍手の検査を8月8日に実施した本実は、軍手3つを蒸留水を入れたビーカーに直接入れて付着物を抽出した、軍手が浸る位の量だから軍手がはいって全体で300mlぐらいになるようにした、付着物が量的に非常に少ないという恐れもあったのでこのような方法をとった、と証言していた(55回29〜30頁)。ここからいっても、ビニールシートとカーテンの表、裏の全面をすみずみまでぬぐって付着物を採取した場合に、各水溶液が200ml位になるというのは自然なことである。

  山平氏が当審において、濃縮する水溶液を全く別のもの(20ml)に転換したことは明白である。警察の「予備実験」でわかるように、山平氏は証言前には、検察官にも警察にも当審で証言した内容は意識的に伏せているのである。その理由は「山平鑑定の不存在」を明らかにしたいからである。妨害されたくないからである。

  「濃縮するのに用いた器具」は、補充書(七)の第4の3(32〜34頁前半)で引用した山平証言で、ビーカーであることが明らかである。検察官は私の10月30日付意見書は全く無視している。私は意見書6頁の(2)で重要なことを書いている。山平氏が23回公判52頁で述べた濃縮スピードは、10mlを1mlに濃縮するのに1時間から1時間半というものであり、1ml当り6.67分である。このスピードは前記の警察の予備実験(平成15年12月19日)のデータである蒸発皿を用いた濃縮スピードの6.18倍から15.16倍も遅いものであり、200mlビーカーを用いた濃縮からさえも2.61倍から2.91倍も遅いのである(7頁)。

  これから考えても確定審における山平氏は、200mlビーカーに大体1杯分の水溶液をビーカーのままで10ml位に濃縮したと証言していることが明らかになる。もちろん山平氏は実際には鑑定していない。しかし山平氏が、蒸発皿ではなくビーカーのままで濃縮していったとの趣旨で虚偽証言をしていることは間違いないのである。反論できないので検察官は私の意見書を無視したのである。

  山平氏が濃縮に用いた器具の点でも、当審で確定審証言を覆したことははっきりしている。

  次に、山平氏は確定審では、濃縮して10ml位にしたと証言していたが、当審では7ml位に変更してしまった。検察官はこの点については口をつぐんでいる。検査するイオンが塩素酸イオン1つであるならば、10mlでも7mlでも大差はないといえるかもしれない。しかし山平氏は10ml位にした理由として、10種類から8種類の検査を念頭においていたからであること、塩素酸イオンの反応を見るのにその中の3ml位を使ったことを証言していた(8回59〜60頁)。それを10本くらいの試験管に小分けしていったとも証言していた(8回57〜58頁、62頁)。

  7ml位に濃縮したのであれば、検査できないイオンが出てきてしまう。だから、この7ml位に濃縮したとの当審証言も意識的な虚偽証言であるわけだが、確定審証言(10ml)を意図的に否定するためにした証言なのである。

 (8)「塩素酸イオン検査におけるろ過の有無について」(19頁)への批判

  補充書(九)の14頁の7で、山平氏が当審において確定審証言を変更してしまったことは明らかである。非化学的な方法に変更してしまった。

  検察官は弁護人が引用した山平証言(54回10102丁、95頁と同10131丁、153頁)は、山平が実施した検査の具体的な過程自体の説明を目的としたものではない(22頁)とか、必ずしも過去に自らが行った検査の説明とはいえず、むしろ一般的な説明ととらえられる表現をしている(23頁)などと歪曲して論難している。

  しかし山平証言(95頁、153頁)の内容から判断して、山平氏が実施したという8月8日の鑑定の具体的な過程を説明したものであることは明白である。そしてそれは、塩素酸イオンの有無を調べるあらゆる鑑定に共通する普遍的な手順であることも明らかである。54回153頁の山平証言は、塩素イオンの反応が擬陽性の場合にも浮いている白いものをろ過すると証言したものである。

  検察官は、塩素イオンの反応が擬陽性である場合には、生じた白色の浮遊物を除去(ろ過)しなくとも塩素酸イオンの検出に障害はないと主張している(24頁)。

  しかし塩素酸イオンの反応がもし擬陽性であったらどうするのか。擬陽性であることが判定不能になってしまう。鑑定試料の濃度は不明であるからこそ、塩素イオンの反応がたとえ擬陽性であっても必ずろ過して除去して、上澄み溶液を使って、塩素酸イオンの検査をするのである。

  山平氏は当審において、意識的に確定審証言の手法を否定したわけだが、当審証言が非科学的なもので信用性のない証言であることも十二分に理解した上で、そうしたのである。山平鑑定の不存在を間接的に証明するためである。

 (9)「8日の中間報告について」(25頁)への批判

  補充書(九)15頁の8で、「8日の中間報告」に関して、山平氏が当審証言において確定審でのそれを覆してしまったことは明らかである。

  ところが検察官は故意に論点をずらしたりして、訳のわからない文にした上で、当審証言は確定審証言とそごするものではないことはあきらかだなどと嘘の主張をしている。

  ここで整理しておこう。山平氏は54回公判では、ビニールシートとカーテンから塩素酸イオンが検出されたことだけを中間報告したと証言した。2審では、ビニールシートとカーテンと軍手から塩素酸イオンが検出されたことだけを中間報告したと証言していた。ところが当審においては、別紙に書かれていることは全部電話で報告したと証言したのである(当審103〜104頁)。つまりビニールシート、カーテン、軍手だけでなく、別紙に書かれている他の鑑定資料と検査結果についても全部電話で報告したということである。さらに、別紙とカガミを書き写して電話をした3階の警備課へ持参したのである(104頁、119頁)。

 1審では警備課長に中間報告したと証言した。2審は同じ道警本部庁舎の警備の係員に中間報告したと証言した。当審も2審と同じであるがここで大事なことは、高山智二は中島分室にいたのであるから、山平氏は2審の高山証言(8回32〜34頁)の信用性を否定しているという事実である。そして電話通信用紙(発)の信用性も否定している。

  検察官は平成15年12月19日意見書81頁で、山平が中島分室ではなく、道警本部庁舎の警備課へ中間報告したと証言したのは(8回)、中間報告から8年余りが経過しているため記憶があいまいになったにすぎないと述べている。

  だが山平氏は当審において、3階の警備課へ電話で中間報告し、さらに電話だけでは相手がわからないので(104頁)、別紙とカガミを書き写して3階へ持参したと証言したのであって、それは明確に、中島分室へ電話報告したのではないことを主張したものなのである。高山証言と電話通信用紙(発)の信用性を否定した証言である。

 (10)「翌(9)日以降の鑑定作業について」(38頁)への批判

  検察官は、山平は9日以降に本実が行ったX線回折については自分は携わっていないという趣旨で答えたものである(44頁)、と苦しまぎれの歪曲をして、無理矢理、確定審証言とそごしていないとしている。

  しかし当審の「あなたの御証言によれば、8月9日以降も鑑定作業が続けられたということになるんですね。」「私以外の人がやっています。私はやってないけど、X線回折とか、本さん・・・」(121〜122頁)との証言、「鑑定の存在・不存在にかかわることです。あなたは、8月9日以降一切の鑑定は全くやらなかったと言ってましたね。」「ええ。」(17頁)との証言から、山平氏が8月9日以降一切の鑑定作業をしてないと証言して、確定審証言を覆したことは明白である。

  山平氏の54回証言は、2の(3)に述べたとおりである。37点の試料中、36点を山平氏一人でやったのであり、8月8日に行ったのはビニールシートとカーテンの2点で、しかも塩素酸イオンの検査だけであったというものだ。この2点の残りのイオン検査と残りの試料の各種イオン検査を8月9日以降に行っていき、8月20日に終了した、という趣旨なのである。

  もちろん、この54回証言は虚偽である。電話通信用紙(発)も捏造である。当審証言のうち、8月8日に実施した検査の証言も虚偽である。しかし、8月9日以降一切の検査に携わっていないとの証言は真実を述べたものである。37点の鑑定は本実が実施したものなのである。8月8日には、指紋検出に回されなかった5点を実施し、8月9日以降に残りの32点の検査を行っていったのである。山平氏は日直でたまたま8月8日に出てきていたために、本実に言われて5点の検査の非枢要部分の手伝いをさせられただけである。これらは後述する。

 (11) まとめ

  以上に見たとおり、検察官の批判は苦しまぎれの歪曲ばかりであることが明らかである。確定審における証言を全部覆してしまった当審の山平証言が「新規性」を有することは明白である。山平新証言は山平鑑定の不存在を証明するものであるから、「明白性」を有することもまた明らかである。

第2,山平氏自身が捜査段階から一貫して山平鑑定の不存在を主張

(この章の目次)   

 1.  検察官が反論することを逃げた私の主張       

 (1)  山平証言の濃縮スピードは鑑定の不存在を示すもの   

 (2)  指紋検出(9日)で山平鑑定の不存在は明らか     

 (3)  写真撮影報告書で山平鑑定の不存在は明らか     

 (4)  鑑定資料番号がなければ鑑定を実施できない      

 (5)  木炭末を発見したとの嘘証言で山平鑑定の不存在を主張 

 (6)  10mlの濃縮なら1時間から1時間半との山平証言について 

 (7)  結果が出ても明日また再確認のために炎色検査をするとの証言について
                               
 (8)  微量のNaClと微量のKClO3の混和物でも同じ反応になるとの 

山平証言について 

(9)  道庁事件の捜査(鑑定)に全く関与していなかった山平氏なのに
                                
 (10) 山平氏は8日は日直のために出ていただけ       

  2.  山平鑑定書、原通信用紙について          

 (1)  山平鑑定書は山平鑑定不存在の証拠である       

 (2)  原通信用紙は山平鑑定不存在の証拠である       

  3.  検察官が2審8回公判で山平氏の反対尋問をしなかった理由

  4.  高山捜査報告書について               

 (1)  「高山は分析化学の専門的知見を有していない」は詭弁  

 (2)  軍手の付着物に関する検察官の反論を批判する    

 (3)  高山報告書は除草剤不存在の証拠である       




第2 山平氏自身が捜査段階から一貫して山平鑑定の不存在を主張

 1.検察官が反論することを逃げた私の主張

 (1) 山平証言の濃縮スピードは鑑定の不存在を示すもの

   私は10月30日付意見書の7頁、40頁のDで、このことを主張した。鑑定の不存在は明白である。反論できない検察官は黙殺して逃げたのである。

 (2) 指紋検出(9日)で山平鑑定の不存在は明らか

  検察官は平成15年12月19日付意見書61頁で、ビニールシート及びカーテンを請求人が所持していたことは明らかだから、鑑定の方を優先させたのだと主張した。だから、私は、捜査機関は当然にも共犯の指紋の検出をも考えるから、検察官の主張は全くの誤りだと述べたが(8頁の(3))、これに対する反論はなかった。反論の放棄は論破されたことを自認したと見做される。

  石原啓次証言で捜査方針は決定している。しかも私たちは更に、山平・本実鑑定の資料37点のうち32点(ビニールシート、カーテンを含む)は指紋検出照合依頼書に書かれたが、軍手など5点は除外されたことを強調して主張したのである。この意味は、軍手など5点については鑑定を先に実施せよ、ということである。それ以外の32点は指紋検出を先に実施せよ、ということである。32点の指紋検出は8月9日に実施されているから、誰であれ8月8日には32点の鑑定は出来ない。

  検察官は自らの主張の不利や誤りを自覚しているからこそ、5点が除外されたことを無視して、触れようとしないのである。

  共犯の指紋を得ることの大切さについて一言しておこう。道庁現場の各所から氏名不詳指紋の採取がなされている。また声明文が投函されたコインロッカーからも氏名不詳指紋が採取されている。32点から採取した指紋とそれらがもし一致すれば、犯人ということになるのであるから、極めて重要なのである。

 (3) 写真撮影報告書で山平鑑定の不存在は明らか

  私は意見書11頁(5)で決定的なことを主張している。ビニールシートは「8月7日領置」の用紙と一緒に写されているのである。この意味は「8月7日領置時のビニールシートの状態を写した写真」ということである。領置時にはビニールシートの裏は切り取られていないから、もし写真撮影時点で切り取られていたら、この写真は「8月7日領置時」の写真ではないことになる。すなわち、この報告書によって、写真撮影時の8月8日午後9時の時点においてビニールシートは領置時と同じく切り取られていないことが証明されている。

  一方山平氏は確定審において、8月8日にビニールシートの裏面の一部を切り取って検査した旨証言した。検察官も平成15年12月19日付意見書64頁9行から14行の記述で明らかなように、山平氏が8日にビニールシートの一部を切り取って鑑定したとの立場で反論している。山平確定審証言は虚偽なのである。

  写真報告書で、山平鑑定の不存在は明らかなのである。検察官は平成15年12月19日意見書では、自らの主張を打ち砕いてしまうことになる「8月7日領置」の用紙のことは、おくびにも出さないようにしたのである。

 (4) 鑑定資料番号がなければ鑑定を実施できない

  @ 私は意見書34頁(2)@Aで、資料番号が付いてなければ鑑定を開始できないこと、だから山平氏のこの証言は山平鑑定の不存在を自ら主張したものだと主張した。形状が全く同じものが多くある。計量コップ大の4個、計量コップ小の3個、スプーンの3個である。鑑定嘱託書ではこれらには1つずつ資料番号が付いている。独立した資料である。形状が異なれば、その特徴をメモしておけば嘱託書が届いたときにも特定できるが、全く同じ形状の上記のものは特定が不能である。だから鑑定を開始できない。

  山平氏は37点は8月8日朝に来たが資料番号はついていなかったと鑑定実務の鉄則に反することを敢えて証言(偽証)することで、軍手など5点を除く32点は実際には来なかったことを間接的に主張したのである。また8日に上記のものの鑑定をそれぞれ独立資料として実施したとの虚偽証言をすることでも(23回26.28頁、65頁)、間接的に山平鑑定の不存在を主張したのである。

  検察官は反論不能ゆえに、無視したのである。

  A 鑑定嘱託書は8月8日に作成されている。従って、本実が8月8日の朝から実施した軍手等5点の検査には、鑑定嘱託書は間に合わなかったと考えるのが自然である。また鑑定資料番号も間に合わなかったと考えるのが自然である。しかし私の意見書34頁Bのように、本実が8日に行った5点は形状が明確に異なっており区別は容易であるから、鑑定事項さえ口頭(電話)で伝えられれば、鑑定は実施できる。

  山平氏はたまたま日直のため8日に出て来ていたので、本実に命じられて非枢要部分の手伝いをしたと考えられる。山平氏が嘱託書は8日には来なかった、資料には番号が付いてなかったと証言したのは、この8日のことを言ったものである。8日に来た5点について言ったものである。

  B 指紋検出を終えて8月9日に科研に持ち込まれた残りの32点については、当然資料番号も用意されていたし、鑑定嘱託書も9日の朝一番には届いていたのである。そうでなければ鑑定を実施できない。

  確定審の山平証言は、8月9日以降も鑑定を継続したとの立場でなされているが、鑑定嘱託書が届いた日について、山平氏は、「28日以前ですけれども、いつきたというのは記憶しておりません」(8回2頁)と証言して、間接的に、8月9日以降も鑑定に一切関わっていないこと、だから嘱託書が届いた日もわからないことを主張したのである。

 (5) 木炭末を発見したとの嘘証言で山平鑑定の不存在を主張   

  私は意見書35頁Dでこのことを主張した。木炭末0.05gは8月7日付領置調書(再弁8)の14番に載っており、指紋検出資料から除外されたから、8日に本実(手伝い山平氏)によって鑑定されたのである。その場合、0.05gと微量であるため紛失防止のために白い薬包紙とかに包んで持ち込まれたことは明白である。しかし11番の黒いビニール袋(検1審694)は指紋検出に回されたから8日には科研には持ち込まれていない。

  だから、木炭末は最初は資料の中になかった。自分が11番の黒いビニール袋の中にある木炭末を発見したので、白い薬包紙に包んでおいたら、後日、それが鑑定資料になっていたとの山平証言(54回141〜142頁)は虚偽であるが、山平氏は敢えて嘘を証言することで、自分の証言が信用できないこと、山平鑑定は不存在であることを主張しようとしたのである。

  もう少し山平氏が意図したことを詳しく述べると、こうなる。山平氏は自分が11番の黒色ビニール袋の中にある木炭末を発見したと嘘証言することで、弁護側や裁判所がこれに疑問を抱いて、木炭末のことや11番の黒色ビニール袋のことを念入りに調べることを期待したのである。そうすれば、木炭末は8月7日の領置調書にちゃんと載っていること、黒色ビニール袋は指紋検出照合依頼書に載っていること、ビニールシートとカーテンも指紋検出照合依頼書に載っていることが判明し、8日にビニールシート、カーテンの鑑定を実施できないことに気付いてくれることを期待したのである。山平氏が「11番の黒色ビニール袋」(黒色プラスチック製の袋)と具体的に特定していることは重要である(54回141頁)。

  私の主張は大きな価値をもつものである。検察官は反論不能であるため、またもや黙殺したのであった。黙殺することで、裁判官にこれが持つ重要性を悟られないようにした。

 (6) 10mlの濃縮なら1時間から1時間半との山平証言について

  @ 私は意見書39〜40頁のCで、実際に鑑定を実施していれば鑑定過程が頭に入っているから絶対に間違うことはないのに、していないがために、10ml全部を炎色検査のために濃縮するものとの立場で答えてしまった23回52頁の山平証言をとりあげた。検察官はまたしても黙殺して逃げた。

  A しかし更に深く分析してみると、この証言は鑑定の不存在を明らかにするために、勘違いしたふりをして証言したものかもしれない。こちらの方が真実であろう。10mlを10倍の1mlに濃縮するのに1時間から1時間半、少ない方をとって60分もかかるならば(52.54頁)、1ml当たり6.67分となり、200mlの水溶液を10ml位に濃縮するには21時間以上かかり、翌日になってしまう。8日中に中間報告は出来ないことになり、山平鑑定は不存在となる(意見書40頁D)。山平氏はこのことこそを主張したくて、「10ml位の溶液でしたら1時間か1時間半ぐらいで濃縮されると思いますけど。」(52頁)と意識的に証言したというのが真実であろう。検察官はDにも反論せず逃げた。

 (7) 結果が出ても明日また再確認のための炎色検査をするとの証言について

  @ 私は意見書39頁のABでこの証言のおかしさを主張した。結果的に山平鑑定の不存在を自ら主張したことになると述べたが、検察官の反論はなく黙殺された。

  A 山平氏のこの23回44頁、56頁の証言は、さらに踏み込んで分析すると、デッチ上げ加担を拒否しようとしている山平氏の姿勢が浮かび上がってくる。

  すなわち、炎色反応検査の結果(陽性であれ陰性であれ)が出れば、確定であり、もう一度検査をする必要性はゼロである。それに、山平証言の付着物の採取方法や検査溶液量によれば、明日炎色検査をするための溶液はもはや残ってないし、新しく作ることも出来ない。山平氏は非科学的な証言や、自らの証言に反する証言をしているわけである。そのことは山平氏にも十分わかっていたはずだ。

  なぜ、山平氏はこうした証言をすることになったのか。もし山平氏にデッチ上げに加担する意志があれば、簡単であった。「ビニールシートとカーテンからナトリウムの炎色反応があり、カリウムの炎色反応は陰性であったとの結果が得られたので、8日夕方に追加の中間報告をしてその旨を伝えました。」と証言すればよいのである。今は軍手のことは措いておく。これが化学的な在り方だ。しかしそのように証言すると、デッチ上げに加担することになってしまう。従って矛盾に満ちた証言になろうとも、あのように証言するほかなかったのである。これが真実であることは間違いないと思われる。

  B ここで述べておくことにするが、山平氏が、口頭で依頼されたことは、「塩素酸塩類の付着、また火薬類の付着があるかどうかということですね」(8回3頁)と証言したことは、もちろん嘘である。口頭での依頼(それは本実に対してなされたのであるが、本実から山平氏も聞いたはずだ)は、当然、「鑑定嘱託書」のとおりのものであったはずである。つまり種類(塩素酸ナトリウムか塩素酸カリウムか)も鑑定事項として伝えられている。こんなことは常識である。

  しかし鑑定の捏造を命じられた山平氏は、犯罪加担は絶対にしたくないので、口頭で伝えられた鑑定事項は上記のようであったと敢えて嘘を証言することにしたのである。だから塩素酸イオンが検出されれば十分であると考えた(8回6頁)と証言した。そして中間回答も塩素酸イオンが出たことのみを回答したということにしていったのである。塩素酸イオンだけであれば除草剤とはならないからだし、マッチ(KClO3)と汗(NaCl)の混和物ということに出来るからである。もちろん山平氏は鑑定をしていないから中間回答をしたこともない。

  この8回証言もあるために、山平氏は23回で裁判長に追及されたときにも、矛盾に満ち満ちた証言になろうとも、あのように証言していくしかなかったわけである。これが真実だと考えられる。

 (8) 微量のNaClと微量のKClO3の混和物でも同じ反応になるとの山平証言について

  @ 私は意見書25頁のD、36〜37頁のCで、山平氏が微量のNaCl(汗)と微量のKClO3(マッチ頭薬の粉末)が混在していた場合にも同じ反応になると証言した(8回86〜89頁)ことを指摘して、25頁Dでは、700番山平鑑定書の証明力を山平氏自らが否定したと主張し、36〜37頁Cでは、原通信用紙の敷物、布欄の記載が信用できないことを自ら認めた証言であると主張した。36〜37頁Cでは、8回67〜68頁の最終的に10倍くらいまで濃縮して炎色検査をしたとの証言も、虚偽であることを自認した証言であると主張した。

  決定的に重要な主張であるが、検察官は反論できないがために、またもや黙殺することにしたのであった。

  A 炎色検査でカリウムイオンが陰性であったということは(原通信用紙の敷物、布欄の記載)、カリウムイオンの検出限界濃度以上に濃縮して炎色検査をしたところ陰性であったということである。つまりカリウムイオンは存在していないということだ。ところが山平氏は微量のNaClと微量のKClO3の混和物でも同じ反応になると証言したのである。つまり原通信用紙の記載は信用できない、捏造物であると間接的に主張したのである。

  山平氏は幹部に命じられて嫌々、原通信用紙を捏造して、敷物、布欄の記載をしたわけである。だが公判証言において間接的なやり方で、その部分が全く信用できないこと、捏造であることを明らかにしたのである。

  B 塩素酸イオンが陽性である溶液を10倍に濃縮すれば、必ずカリウムイオンの検出限界濃縮度以上になっている。10倍に濃縮した溶液でカリウムイオンの炎色反応検査をして陰性ならば、カリウムイオンは存在していないということである。既に私の平成16年9月16日付意見書でこのことは論じたが、再論しておこう。

  塩素酸イオンが最低の陽性になるときの濃度は7.75ppmである(松田証人の第一鑑定書。2審判決書133丁表)。このときのカリウムイオンの濃度は7.75ppm×カリウムイオンの分子量÷塩素酸イオンの分子量であるから、7.75ppm×39.1÷83.5=3.63ppmである。この溶液を10倍に濃縮すると、カリウムイオンの濃度は36.3ppmとなる。

  カリウムイオンの検出限界濃縮度は32.4ppmである。これは2審の検察側証人の高野証人と小野証人の鑑定書から算出したものである。マッチとアジシオの混和物の定量分析をすると、カリウムは8.1%である(2審判決書140丁表)。これを定性分析したところ、カリウムイオンは、混和物が400ppmのときにはじめて陽性となった(同142丁裏の第5表)。すなわち400ppm×8.1%=32.4ppmが、カリウムの検出限界濃度である。

  塩素酸イオンが最低の陽性を示す資料を10倍に濃縮すれば、もしそこにKClO3が入っていればカリウムイオンの濃度は36.3ppmであり、検出限界濃度の32.4ppm以上になっている。そこで炎色反応検査をして陰性であれば、カリウムイオンは存在していないことが確定する。

  山平氏は、2審になって幹部の命令によって嫌々、10倍に濃縮して炎色検査をしたと証言したわけだが、これも虚偽証言であることを間接的に明白にしたのであった。

  C 検察官は一切反論できなかったのであるから、山平鑑定に証明力はないことを検察官も認めたことになる。

 (9) 道庁事件の捜査(鑑定)に全く関与していなかった山平氏なのに・・・

  私の意見書40〜41頁のEも検察官にとっては極めて深刻な事実である。反論できないために黙殺したのであった。

  山平氏がもし検察側に立つ人間であれば、自分の鑑定の信用性を疑われることになるこのような事実を、自ら進んで証言することはあり得ない。山平鑑定の不存在を間接的に証明したいと思っているからこそ、出てきた証言である。

 (10) 山平氏は8日は日直のために出ていただけ

  私の意見書33頁のC(「一緒に日直やってた阿部」)は、山平氏が口を滑らせてしまった重要な事実を述べたものだ。山平氏は8日は日直のために出て来て、阿部と一緒に日直をしていたのである。前日の7日に警察から命令を受けて、鑑定のために出てきたのではない。そして、急きょ、指紋検出に回されなかった軍手等5点の鑑定をやるために出てきた本実に、「ちょっと手伝え」といわれて、非枢要部分の手伝いをしただけなのである。やはり検察官は黙殺した。


2.山平鑑定書、原通信用紙について

  私は意見書で、山平氏は捜査段階から一貫して山平鑑定の不存在を間接的に明らかにするべく努力・工夫してきた、山平鑑定書も原通信用紙も山平鑑定の不存在を証明する証拠であった(44頁)と主張した。その具体的根拠を述べたが(第2の2.3)、検察官は反論できないために無視したのであった。

   意見書に誤りがあったので訂正しておきたい。

     <訂正>

 ・ 29頁のBの4行目を次のように訂正する。
 「ンと塩素酸イオンとナトリウムイオンとカリウムイオンの4つのみである。」・ 37頁のAの4行目を次のように訂正する。

 「〜カリウムは検出されなかった。その外の火薬類の付着はなかった。」

 (1) 山平鑑定書は山平鑑定不存在の証拠である

  @ 検察官は私の意見書を具体的に反論することなく黙殺しているが、そうせざるを得なかったのである。検察官自身も今では、山平氏が自らの鑑定の信用性を喪失させ、鑑定不存在を間接的に明らかにしようと捜査段階から様々に努力・工夫をこらして行動してきていることを認識していることであろう。

  ある著名な保守の評論家が、外国のことは、外国政府の公式文書を継続的に緻密に分析していれば十分に理解できる旨の主張をしたことがある。日本政府はそのようにしてロシアや中国を分析しているが、両国の情報心理戦に完敗してしまっている。本心を隠し、逆を主張するのが彼の国のスタイルであるから、文字面だけを追っていると騙されてしまうことになる。

  山平氏も本心をストレートには表現できない立場にある。幹部の命令ゆえに表層的には鑑定を実施したと言わざるを得ない。しかし鑑定を実施していないのであるから、なんとか「不存在」の事実を明らかにしたい。デッチ上げに加担したくない。このように考えて山平氏は、様々に工夫をこらして今日まで行動してきたのである。

   裁判官にはしっかり分析して頂きたい。

   A 本当にビニールシートとカーテンに塩素酸ナトリウムが付着していたならば、そしてその鑑定をしたのが山平氏ならば、絶対に700番の山平鑑定書にはならない。

  山平鑑定書(700番)には塩素酸ナトリウムが付着していたとの証明力は一切ない。ゼロである。逆にその記載内容から、塩素酸カリウムの付着の可能性をにおわせるものになっている(私の意見書24頁の(2))。

  また山平鑑定書は、8月8日に37点の資料が届けられて鑑定に取りかかったとなっている。汚れたビニールシートとカーテンから開始したことになる。しかし8日に届いたのは5点であり、32点は翌9日になって届いたのである。従って山平鑑定書は捏造なのである。他の証拠から捏造であることが判明してしまうように作成されている(意見書24頁の(1))。

  山平氏は意識的にそのようになるように鑑定書を作り上げたのである。

  B 更に補足しよう。山平氏は8月8日に日直で出ていて本実の5点の鑑定の手伝いをしたことから、8日に来た資料は37点中の5点であることを知っていた。警備の係員は本実に当然のこととして、本来は資料は37点だが指紋検出に32点を回したので本日は5点だけであること、翌日には残りの物を渡すことを告げているはずだ。鑑定嘱書や資料番号が間に合わなかったことも伝えた。山平氏も本実から告げられて知ることになった。また山平氏は翌9日、資料が届いて本実たちがビニールシートを切り取っているところを見ている。

  だから山平氏は9日に戻ってきた32点(ビニールシートとカーテンを含む)には指紋検出に用いたアルミニウム粉末、グレー粉末が付着していることを知見として認識している。今回に限らず、それ以前の鑑定でも実際に指紋検出後に鑑定した体験もあるはずである。

  だが山平氏は、700番鑑定書にアルミニウム粉末、グレー粉末が付着していることは故意に書かなかった。鑑定書の捏造が判るようにするためである。「指紋検出ならびに照合結果報告書」(検698)には、32点の内、紙質類についてはニンヒドリン・アセトン液による液体法、そのほかの物はアルミニウム粉末、グレー粉末による個体法によって検出したと明記されている。

  C 溶液検査と炎色検査で付着物質を特定できる。X線回折による物質特定には一定量が必要であるが、溶液検査で塩素酸イオンの反応が陽性であれば、それを10倍に濃縮してやれば、カルシウムイオンやナトリウムイオンの検出限界濃度以上に濃縮されるから、炎色検査で物質を特定できる。もちろん硝酸イオン、亜硝酸イオンの有無も検査しなくてはならないのであるが。

  もしも本当に塩素酸ナトリウムの付着が推認される結果が得られたのであれば、700番の鑑定書は次のように記載されなければならない。

  「鑑定は8月8日から実施したが、8日に届いた資料は軍手、網かご3、木炭末の5点であった。8月9日に残り32点の資料が届いた。ビニールシート、カーテンは9日に届いた。32点には指紋検出に用いられたアルミニウム粉末、グレー粉末が付着していた。

  ビニールシート、カーテンについては、溶液検査の結果、塩素酸イオンが検出された。その溶液をナトリウムイオンの検出限界濃度以上、カリウムイオンの検出限界濃度以上に濃縮後、炎色検査をしたところ、ナトリウムイオンの反応があった。カリウムイオンの反応はなく存在していないことが確定した。また硝酸イオンも亜硝酸イオンも存在しないことが確かめられた。よって、ビニールシートとカーテンには塩素酸ナトリウムが付着していたと推認される。」

  化学の専門家なら容易に書けることである。

  D Cと700番山平鑑定書を対照すれば、ビニールシートとカーテンに塩素酸ナトリウムは付着していなかったことが明白である。また山平鑑定書が、山平証言の一部、指紋検出照合依頼書(再弁1)、指紋検出ならびに照合結果報告書(検698)、石原啓次証言、写真撮影報告書(再弁2.3)から、捏造であることは明らかである。

  山平氏が、捏造が明白になるように、かつ仮に捏造が裁判所に認められなかった場合にも証明力がゼロになるように、意識的に鑑定書を作成していったこと、また意識的に公判証言をしていったことが、鮮明である。

  E もしも山平氏が、幹部の「デッチ上げ鑑定書を作れ」の命令を忠実に守る意志を有している人格であれば、一も二もなくCに述べたような鑑定書を捏造した。

  F またデッチ上げの意志があれば公判証言でも、8日に37点の資料が来たとか、ハダカのままで資料番号も付いていなかったとか、最初資料には木炭末はなかった。私が発見したものだとか、54回35頁で「カリはなかったという表現は出てきません。検出される量はなかったということです」という証言とか、口頭で伝えられたことは塩素酸塩類の付着の有無であり、塩素酸ナトリウムか塩素酸カリウムかということではなかったとか、鑑定嘱託書が届いた日はわからないとか、(塩素イオンが擬陽性なのだから)微量の汗(NaCl)と微量のマッチの混和物でも同じ結果になるとか、警備課長に中間報告したとか、同じ道警本部庁舎の警備課の係員に中間報告したとか、10mlなら1時間か1時間半で濃縮されるとか、白色粉末ようのものが実体顕微鏡で見られた等々の証言は、決して口にすることはなかった。

  山平氏の本心が浮び上り、鮮明になってくるであろう(原通信用紙については項を改めて論じる)。

  G 「白色粉末よう」の物質について一言しておく。山平氏が塩素酸ナトリウムは実体顕微鏡で見れば、「無色透明の結晶性物質」であることを十分認識していたことは疑いを容れないところである。いつでも役所で確認できる。この記載はデッチ上げを命じた幹部を欺くために敢えて記入したものだと断言できる。山平氏がデッチ上げをするつもりならば、「無色透明の結晶性物質」と明記する。

  H 8月9日以降に実際にビニールシートとカーテンの鑑定を実施した人物は本実である(山平新証言)。塩素酸ナトリウムの付着はなかったのである。そこで幹部は本実にデッチ上げ鑑定書を作成してもらいたいと言ったのだが、本実氏は拒んだのである。そこで最終的に山平氏が山平鑑定書を作成することになった。山平氏は本実氏がデッチ上げを拒否したことを知っているのである。

  700番山平鑑定書は本実氏によってチェックされるわけだが、この鑑定書が通過できたのは、本実氏もデッチ上げへの加担を拒否していたからである。

  I 山平氏は8日ビニールシート、カーテンの鑑定を行っていない。鑑定書(700番)も机上の産物である。そこで、山平氏は塩素イオンを擬陽性だと記載した。裁判官はそのように記載した山平氏の本心をしっかり分析して読み取って頂きたい。塩素酸イオンとナトリウムイオンが陽性であることを記載することは幹部に命じられていたからそうするしかなかった。それで山平氏は塩素イオンを擬陽性とすることで、塩化ナトリウム(NaCl。汗)の存在を示唆したのであった。またカリウムイオンの検査の有無を記載しないことで、実施していないとしか読めないようにしたのである。幹部には、出ないものは記載しない主義なのでと説明するつもりでいた。こうすることで山平氏は、「カリウムイオンの炎色反応検査をすれば陽性となるかもしれない。つまり塩素酸イオン(陽性)の相手はカリウムイオンかもしれない。軍手からKClO3とNaClが検出されているからなおさらだ。」、と読めるように鑑定書を作成したのである(意見書24頁の(2)参照)。

  山平氏がこのような記載にしたのは、本実氏によってビニールシート、カーテンも鑑定されたが、塩素酸ナトリウムは付着していなかったからである。山平氏はそのことを知っているからである。また本実氏が幹部の命令を拒んでデッチ上げ鑑定書を作成することをしなかったことも知っているからである。化学的に見て、塩素酸ナトリウムの付着を推認できる内容では全くない山平鑑定書が、「除草剤の付着が推認できるように正しく書き直せ!」と突き返されることなくパスしたのは、チェックする立場の本実氏もデッチ上げに加担することを拒否していたからであることは明らかである。

  J ビニールシート、カーテンの鑑定をしたのは山平氏ではなく本実氏である。37点の鑑定をしたのは本実氏である。だから本実名義の鑑定書が作成されなければならない。そうなってなく、山平・本名義になっていることが、山平鑑定の不存在の何よりの証拠である。

 (2) 原通信用紙は山平鑑定不存在の証拠である

  @ 山平氏が塩素酸ナトリウムの付着というデッチ上げ鑑定書を作成することを拒否して、山平鑑定書(検700)を作成したからこそ、そして控訴趣意書で弁護人が批判したからこそ、警察幹部は控訴審の早い段階で原通信用紙の捏造を山平氏に命じたのであった。目標はビニールシートとカーテンのカリウムイオンの検査を実施していること、カリウムイオンは存在しなかったことを盛り込んだ8月8日付通信用紙を捏造することであった。これは山平鑑定書に証明力を持たすためにどうしても必要であった。

  A しかし山平氏は従うふりをしつつ、私の意見書26頁の3で詳述した如く、原通信用紙の記載内容を6点にわたって工夫して記載することによって、原通信用紙の信用性を否定してそれが捏造物であることを明らかにしようとしたのであった。そうすることでまた山平鑑定自体の不存在も証明しょうとしたのである。原通信用紙は山平鑑定不存在を証明する証拠なのである。

  B 私と弁護人では、山平鑑定は不存在であるとの目標は同一でも、山平氏の本心、彼の姿勢のとらえ方(分析)では別個である。だから原通信用紙についても、それが後日捏造されたという点では同一でも、山平氏と原通信用紙の関わり方の分析では別個のものになっている。

  従って検察官は私の主張についても反論しなくてはならないにもかかわらず、出来ないがために黙殺したのであった。検察官も今では、私と同じような山平氏のとらえ方をしている筈である。そして苦々しく思っているのであろうが、刑訴法1条に基づいてありのままに認めたらいいのである。保身や栄達の気持ちが邪魔するのであろうか。

  C 山平鑑定書(塩素酸イオンが検出されたという鑑定結果)と原通信用紙(ビニールシートとカーテンに塩素酸ナトリウムが付着していたと推認される)は決定的に矛盾している。後者がもし真正なものならば、山平鑑定書も全く同じ鑑定経過と鑑定結果になる。従って原通信用紙が後日に捏造されたことは、明白である。

  54回山平証言は原通信用紙とことごとく矛盾しているので、原通信用紙が1審段階では存在しなかったことは明らかだ。控訴審に入ってから作られたのである。詳しくは10月30日付意見書に述べてある。

  D 山平氏はポリバケツを一番最初に記載している。8日に来た資料は5点のみである。警備の方で37点のうち指紋検出に回さないことにした5点である。警備でわざわざ区分したのであるから、そこに鑑定資料にないポリバケツが紛れ込むことは絶対にあり得ないことだ。このポリバケツが100歩譲って8月7日に領置されていたピンクポリ容器であっても絶対に紛れ込まない。それが入ったら6点になってしまうことからも、あり得ない。

  8日に本実氏の手伝いをした山平氏は5点が来たこと、ポリバケツは来ていないことはわかっていた。敢えて嘘を冒頭に記載することで、原通信用紙の信用性を否定し捏造であることを訴えたのである。

  なお、ポリバケツがピンクポリ容器ならば、8月7日に指紋検出をしているから、アルミニウム粉末、グレー粉末が付着しているが、原通信用紙にはそのようなものの付着は記載されていない。

  E もしも山平氏が幹部の捏造命令を忠実に実行する意志を持っていれば、私が指摘した6点の記載は断じてしない。そして54回証言と整合するように意見書29頁のBのように原通信用紙を捏造する。なおBは本意見書の2の最初で述べたように訂正する。すなわち、記載する資料はビニールシートとカーテンの2点だけで、検査イオンも塩素イオン陰性、塩素酸イオン陽性、ナトリウムイオン陽性、カリウムイオン陰性の4つだけである。これの硝酸イオン、亜硝酸イオンはその後の検査となるので記載しない。

  ただしこのようにしても、山平鑑定書(700)の内容と決定的に矛盾してしまっていることは解消できない(本意見書C参照)。

  F デッチ上げをする意志があれば山平氏は控訴審において、中間報告した相手についても「中島分庁舎の高山」だと証言した筈である。54回証言の「警備課長」(中間報告相手)については、鑑定嘱託をした警備課の代表者の意味でそう言ったのであり、直接電話をした相手は高山であるというように補足証言すればよかったのである。容易なことである。

  しかし山平氏は逆に、同じ道庁本部庁舎の警備課の係員で名前はわからないと証言し(8回)、中島分庁舎へ中間報告してない旨を明確にして、原通信用紙の信用性を喪失させた。当審においても同じである。山平氏の本心、姿勢は鮮明である。

  

3.検察官が2審8回公判で山平氏の反対尋問をしなかった理由

  私は意見書41頁の5で詳しく述べたが検察官は反論できなかった。

 (1) 検察官は意見書61頁で、原通信用紙は8回公判で山平氏がその存在を明らかにした証言をしたために初めて知ったとの趣旨の主張を展開しているが、嘘である。

 (2) 検察官は8回の山平証人尋問のかなり前に道警から原通信用紙を送致されていて、その内容を十分検討していたのである。そしてポリバケツが記載されていたり、軍手も記載されていたり、資料数が多すぎるとか、いくつかの点で疑問や不審を抱いたため証拠申請は控えていたのである。そして8回公判前の打ち合わせで山平氏に原通信用紙を示して質問し、山平氏の真意を探ったりしていたことは疑いがないのである。その時には山平氏は、8回証言で述べたことは言わないでおいた。検察官は、後日、原通信用紙は証拠申請する予定なので8回公判では弁護側の尋問の際にも原通信用紙の存在は伏せておいてほしい旨を言い、山平氏も了解したと述べたのだと思われる(私の意見書42〜43頁の@からB)。あるいは、検察官との話の中で、山平氏が原通信用紙の存在を明かし、それを受けてその存在を知った検察官が、道警から取り寄せて後日証拠申請するというストーリーになっていたのかもしれない。後者の方の可能性が高いと思われる。

 (3) 山平氏は、8回公判8頁で、弁護人から問われもしないのに自ら進んで原通信用紙の存在を明らかにするとともに、検察官との打ち合わせ時に説明した内容とは全く異なる証言を意図的にしていったのである(意見書41頁の(2)の内容である)。検察官は前に説明を受けていた話しと徹底的に異なるだけでなく、自らに深刻に不利になる証言が飛び出したため、びっくり仰天してしまったのである。検察官は山平氏が内実において検察側の証人ではないことをこの時に悟ったのである。それゆえ方針が立たなくなり、反対尋問を放棄することになったのである。尋問をして、マイナスをより拡大することになってはまずいと考えたわけである。

  山平氏は8日に自分が軍手の溶液検査(炎色検査を含む)をも行い、塩素酸イオンを検出してその旨を中間報告したと証言していった。しかも本実氏は8日は休んで出てきていなかったとまで証言した。また原通信用紙は鑑定書や嘱託書と一緒につづって、研究所の控えとして保管してあるとまで証言した。検察官にとって深刻なダメージである。これらは54回山平証言の否定であり、55回本実証言の否定である。もし原通信用紙を未だ見ていないのであれば、検察官がこれらの点について調書を引用するなどして質さないですます筈はないではないか。検察官は8日に実施された本実名義の別の鑑定書(再弁22)のことも当然認識している。質すこともせずに終了したら無能さをさらけ出した失格検察官ということになってしまう。

  だが検察官は反対尋問を放棄したのである。自らに不利になる証言がなされたのに質すこともせずに尋問を終えたということは、そうすることがあの状況下においてはベストであったということである。質してもプラスになるとは限らない。マイナスが一層拡大してしまうかもしれないと判断し、今日はこのままで終わるのがベストだと判断したことになる。

  その理由は、検察官は既に原通信用紙を入手して分析していたということと、山平氏が内実において検察側証人ではないことが判ったこと以外にはあり得ない。

 (4) 原通信用紙が8回公判から9ヶ月も後の18回公判になってやっと証拠申請されたこと、山平氏の再証人申請はさらにその後の22回公判後の期日外でなされたことは、検察官がこの証拠・証人を申請すべきか否かで相当に悩んだこと、またそのために、警察幹部による山平氏への「指導」という準備時間を必要としたことを雄弁に物語っている。

  これらの事実が原通信用紙が捏造であることを如実に示している。

 (5) 本実氏が8月8日に出勤していたことは明白な事実であり、検察官も承知していることだ。だから検察官は、「8日は本実氏は休んでいたので自分が軍手の検査を行い中間報告した」という山平証言と原通信用紙が虚偽・捏造であることを認識している。それなのに信用できると強弁しているのである。

  

4.高山捜査報告書につい

 (1) 「高山は分析化学の専門的知見を有していない」は詭弁

  @ 新通信用紙が真正なものなら、高山捜査報告書は「ビニールシートとカーテン地から塩素酸ナトリウムの付着の反応があった」といった記載になるが、「塩素酸イオンを検出」とだけ記載されており、新通信用紙と原通信用紙が存在しなかったことが証明される、と私たちは主張した。 

  これに対して検察官は54〜55頁で、高山は分析化学に関する知見が特段豊富であるとは認め難い一般の捜査官であるから、検査結果全体からその含意するところを読み取って捜査報告書に盛り込むのが当然であるとはいえないことは明らかだと弁解している。下手な詭弁である。

  高山は捜査主任官たる警備課長の参謀である石原啓次の「右腕」である。高山たちが本鑑定の鑑定嘱託書も作成しているのである。高山はその中心的メンバーである。「塩素酸塩類の付着の有無とその種類。火薬類の付着の有無とその種類」との鑑定事項を記載したのが高山たちである。これらのことがらに精通していることは言うまでもないところである。また札幌市内では本件事件以前にも混合火薬を使った何件もの爆弾事件が発生しているから、十分経験も積んでいるのでなお更である。しかも中学生レベルの問題である。

  A 高山智二の「塩素酸イオン反応があるという場合には塩素酸ソーダーの反応というふうに端的に理解しております。」(8回43頁)や、「塩素酸イオンがそこから出たということは除草剤をそこで使っていただろうという結び付きになってるわけです。」(45頁)の証言も、当然のことながら誤魔化しである。

  B 新通信用紙、原通信用紙には、「網かご」からの塩素酸イオン検出の記載はないが、高山捜査報告書には有る。高山の「自分の間違いであった」との弁解はおよそ信用に値しない。新通信用紙が手元になかったことは明明白白である。

  高山捜査報告書の記載内容からも、新・原通信用紙が8月8日、9日時点で存在していないかったことが証明されるのである。

 (2) 軍手の付着物に関する検察官の反論を批判する

  検察官は、一覧表の記載自体からは塩素酸ナトリウムの存在が否定されるとは断定できないから、高山報告書の「軍手から塩素酸塩類イオン検出」(塩素酸ナトリウムを意味するもの)の記載は何ら不自然ではないと反論する(55頁)。

  @ 一覧表に、塩素イオンが陽性とある。従ってナトリウムイオンが陽性であっても、NaClが想定される。一方、塩素酸イオンの陽性、カリウムイオンの陽性からKCLO3が想定される。これだけでは化学的に、NaClO3の存在が否定されるとは言えないというのはそうではあるが、まず第一義的に想定されるのは前記の物質なのである。中学生レベルの化学の問題である。新通信用紙からは高山報告書の記載は生まれないし、新・原通信用紙が存在してなかったことは既に証明済みである。検察官の反論は破綻している。

  A 8日に軍手の検査をして中間報告をしたのは本実氏である。本実鑑定書(700番の軍手部分)の鑑定経過からして、本実氏が8日の溶液反応(炎色反応を含む)の中間報告でした内容は、@で述べたようなものであったはずだ。そして「断定的には9日のX線回折の結果をまって報告する」とも伝えたはずである。

  B 軍手の溶液は一晩ウォーターバスに載せておけば、翌9日朝に出勤したときには蒸発乾固していることは明らかだから、X線回折の結果もすぐに得られて中間報告がなされたのである。NaClとKClO3である。高山報告書は9日の昼頃までかかって作成したものであるから、高山報告書の当該部分は明白に虚偽記載である。私を逮捕するためにデッチ上げ記載をしたのである。

  私は意見書19頁のABCでこうした主張を展開したが、検察官は黙殺した。

  C 高山智二は8回公判で、軍手から塩素酸カリウムが検出されたということは、ずっとあとから聞いた(40頁)、中間回答ではなくて正規の回答(700番の鑑定書のことだろう)が来てから聞いた(41頁)と証言しているが、偽証である。本実氏は9日にはX線回折の結果を得て追加の中間報告をしているからだ。

  

 (3) 高山報告書は除草剤不存在の証拠である

  @ 8月9日にはビニールシートとカーテンも科研に持ち込まれている。この2点は指紋検出も早急にやってすぐに科研に持ち込まれ、本実氏らによって鑑定されたのである。山平氏が当審で証言している(13.14頁)。手分けして実施したのであるから、9日の昼前までには溶液検査と炎色検査の中間報告もなされたことは間違いない。

  中間報告は、網かごと同じで「ビニールシート、カーテンからは塩素酸イオンは検出されなかった」というものだと考えられる(私の意見書19〜20頁DE)。

  もしも軍手と同じ結果であれば、高山報告書には「軍手、ビニールシート、カーテンから塩素酸塩類イオンを検出」と記載されただろうからである。

  A それで、那須野幸保、石原啓次、高山智二たちは、私の身柄を確保するために、「網かご、軍手、敷物、カーテン地からは塩素酸イオンを検出」「除草剤の配合、使用等に直接用いられたとみとめられる軍手(鑑定結果 塩素酸塩類イオン検出)が存在していることは、(除草剤を)所持していたことを裏付ける決定的な事実であると認められる」とデッチ上げていったのであった。

  B もしも検察官が主張するように、ビニールシートとカーテンに塩素酸ナトリウム(除草剤)が付着しているのならば、高山捜査報告書には、「ビニールシート、カーテンから塩素酸イオンとナトリウムイオンが検出され、カリウムイオンは検出されなかった」と必ず記載されることになる。そうすれば虚偽記載の「網かご」など書き加える必要性は全くなくなる。記載すればかえって本命の検査結果も疑われてしまうことになる。軍手についても虚偽記載する必要性はなくなる。

  高山捜査報告書の記載がこのようになっていないことが、逆に除草剤の不存在を証明しているのである。私は意見書20頁FGHでこのことを主張したが、検察官は黙殺して逃げたのである。

  裁判官には、どちらが科学的、論理的なことを主張しているかを冷静に分析して判断して頂きたい。 

第3, 再審請求審における山平新証言

(この章の目次)                                    

  1.山平氏にデッチ上げの意志があれば竹之内鑑定のクリアは容易である。                            

  2.山平氏が新通信用紙を自分で書いたと見え見えの嘘をついた理由 

  3.新鑑定方法について                                                 

  4.山平氏の証言態度が動揺していない理由       



第3, 再審請求審における山平新証言

  私は意見書(10月30日付)の第3で、山平氏は2審判決で有罪認定の核心的な証拠にされてしまった山平鑑定書・山平証言・原通信用紙の信用性を否定し、山平鑑定(塩素酸ナトリウム・除草剤の付着の反応有り)が不存在であることを証明するために、意識的に証言していったと述べた。そして具体的に第1の5,6,8,9で山平氏の新証言を引用して、それらが山平鑑定の不存在を(間接的に)証明するために行っていった証言であることを論証した。

   検察官が反論できず逃走したことは明白である。

   本意見書では少し別の視点から論述して、山平氏の本心、山平氏の新証言の目的を鮮明にしていく。

1.山平氏にデッチ上げの意志があれば竹之内鑑定のクリアは容易である

 (1) 11月30日付の短い意見書で述べたとおりである。検察官も警察も山平氏に証言させるべく、予備実験を実施して働きかけたが、山平氏は拒否したのであった。

 (2) 山平氏にデッチ上げを行う意志があれば、確定審の証言は維持した上で、ただ「200mlの溶液を10ml位に濃縮する時には蒸発皿数個とウォーターバス2.3台を用いて行いました」と補足するだけで済んだ。この補足証言で有れば、弁護側から批判が出ても、「蒸発皿で濃縮するのは常識なので、「蒸発皿」を明示的に言わなかったのでした」と弁明すれば成功するだろう。

 (3) 検察官は「確定審証言と当審証言ではそごはない」と強弁しているが(検察官自身がそごしてることを十分自覚しているから、あんなにも長い文を書かなくてはならないのである)、「そごがない」とは敢えて百歩譲るとすれば、(2)のような時に言い得ることである。だから予備実験をして山平氏に働きかけたのであった。しかし拒絶されたのである。

 (4) 山平氏が確定審証言を一見してことごとく否定する新証言をしたのは、前記(2)より、竹之内鑑定に追い詰められて、時間の問題をクリアして、2審判決の事実認定(山平鑑定)を維持するためではないことは明瞭である。逆に、2審の事実認定を否定し、山平鑑定の不存在を明らかにするためであることもまた明白だ。

  予断を排して、証拠を冷静に分析すれば、この結論に至るのは明らかである。分析能力の問題ではあるが、核心は山平氏の本心、姿勢に関して予断を排して臨むことができるかどうかである。裁判官には予断を排した冷静な分析をして頂きたい。


2.山平氏が新通信用紙を自分で書いたと見え見えの嘘をついた理由

 (1) 私は10月30日付意見書20頁の8で、山平氏がこの見え見えの嘘をついたのは、新通信用紙が捏造されたものだと主張したかったからであり、それは原通信用紙も捏造だと明らかにしたかったからであると述べた。

 (2) 山平氏がもしデッチ上げを推進する側の人間であれば、2審23回公判証言を継承した上で次のように証言すればよいのである。

  「私は8月8日の夕方に原通信用紙を作ったのですが、記憶があいまいになってはいますが、その日の夕方に3階の警備の係員が来て、一時通信用紙を借りていってコピーをとったような記憶がうっすらとあります。そのコピーを基にして作成したのがこの新通信用紙だと思います。」

 (3) 既に述べたように、山平氏にデッチ上げの意志があれば、山平氏は2審において中間報告先も「中島分室の高山」だとうまく修正したであろう。当審においても中島分室の高山へ中間報告をしたと証言する。そして高山からの指示により、道警本部3階の警備課の係員が山平氏の所に行き、原通信用紙を借りてコピーをとり、中島分室へ持っていったというストーリーにすればうまくいくことになる。当然、検察官もこのストーリーを考えて山平氏に示唆したはずだが、山平氏が拒否したのである。

 (4) 山平氏が狙ったもうひとつの重要な目的があるのである。山平氏は当審において、2時頃に一覧表に記載してある検査は全て終了していたとの新証言をし(84,86頁)、原通信用紙の作成もその直後に行ったと新証言し(104頁)、そして原通信用紙を写して3階へ持参したと証言したのであった(104頁)。

  山平氏はそのように証言することで、時間的に、確定審証言と全く異なる新鑑定方法を証言できるようにしたのであった。その目的は、山平鑑定の不存在を明らかにすることである。


3.新鑑定方法について

  (1) 山平氏が当審において、鑑定依頼者、付着物採取の範囲と所要時間、付着物を抽出する水溶液のつくり方と量、濃縮容器と所要時間および濃縮後の量、塩素酸イオン検査におけるろ過の有無、8日の中間報告の範囲と原通信用紙の作成時間また通信用紙の取扱い、鑑定期間等々において、確定審証言とことごとく相反する新鑑定方法を証言した意図は、山平鑑定の信用性を喪失させ、鑑定の不存在を明らかにするためであることは明白である。

  もし2審判決が事実認定した山平鑑定を守りたいのであれば、前記した1の(2)や2の(2)(3)等のように微修正すれば済むからだ。

 (2) 山平氏は単に、確定審証言と全く異なるやり方を証言したのではなく、非化学的な方法を証言していったのである。新鑑定方法自体の信用性も喪失させるためである。

  山平氏は確定審では、ビニールシート、カーテンの付着物を採取するとき、表、裏全面をていねいにぬぐい取ったので、それぞれ1時間も2時間もかかったと証言した。当審では、表、裏全面をぬぐったのではなく、付着物が付いている部分を完全にとったのみだとして、各10分位で終わったと徹底的に変更して証言した。

  本件資料の特徴は付着物量が極めて少ないということである。当審証言による採取方法は、付着物が非常に少ない場合のやり方に真っ向から敵対するものである。全面を時間をかけてていねいにぬぐいとらなければ、付着物量が不足して検査結果が出ないおそれが現実としてあるからである。現に軍手の検査を行った本実氏は、付着物が非常に少ないというおそれもあるので、軍手3つを丸ごと、水を入れたビーカーに全てつかるように入れて、軍手を入れて300ml位して、付着物を抽出していった旨を証言している(55回29〜30頁)。

  十分な付着物が付いていることがあらかじめ判っている場合であれば、検査が出来るだけの付着物を採取すればよいが、この前提が成り立たないし、一見して非常に少ないことが判るのであるから、当審証言は非化学的な方法なのである。山平氏はそのことを十分に自覚しつつ証言していったのである。

 (3) 同様に、20mlの水溶液を作って3分の1の7ml位に濃縮したとの当審の新証言も非化学的である。確定審では200ml位を10ml位に20分の1に濃縮したと証言していた。付着物量が非常に少ないのであるから、3分の1程度の濃縮では検査が出来る濃度にならないおそれが強い。また十分に濃縮するためには、どうしても最初の水溶液量を多くしなければならない。

  更に、7mlでは鑑定事項の検査を果たすことが物理的に出来ない。確定審では、10〜8種類のイオン検査をする必要があるので、10ml位に濃縮したと証言していたのである。

  山平氏は意識して非化学的な新鑑定方法を証言していったのである。

  
 4.山平氏の証言態度が動揺していない理由

  当審において、明らかに確定審証言と異なる証言、非化学的な証言、見え見えの嘘であっても、山平氏はさして動揺を感じさせることなく証言しているという。その理由は、山平鑑定(除草剤の付着の反応有り)はデッチ上げであり、自分は山平鑑定が不存在であることを明らかにするために行動している、正しいことをしているという信念のためである。また、何をどう証言するか十分準備して証言に臨んでいるからである。山平氏は今回の証言でも、その準備段階で、警察も検察官も欺いて行動している。妨害されないためである。山平氏は捜査段階から一貫して、山平鑑定の不存在を(間接的に)明らかにするべく努力してきたのであった。本実氏もこデッチ上げを拒否していることも、山平氏の強い支えになってきたと言ってよいであろう。

第4, 再審理由の存在


  山平新証言等によって山平鑑定(除草剤の付着の反応有り)の不存在は明白である。

  確定審証言と山平鑑定書(700番)・原通信用紙、高山捜査報告書を再評価すれば、山平鑑定の不存在は明白である。山平鑑定書・原通信用紙は捏造であり、山平鑑定不存在の証拠なのである。意見書で取り上げた山平確定審証言も山平鑑定不存在の証拠である。高山捜査報告書の例の部分は虚偽記載であるとともに、山平鑑定不存在の証拠である。

  刑訴法第435条1号、2号、6号の各号の再審理由があることは明らかであるから、すみやかに再審開始決定がなされなくてはならない。




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 北海道庁爆破・再審請求裁判(大森勝久)